2024-09-02 Update
一時的な膜タンパク質相互作用を検出する近接標識法
タンパク質-タンパク質間相互作用の研究は、細胞機能調節やシグナル伝達メカニズムを理解する上で不可欠な研究分野であり、酵母Two-hybridシステム、アフィニティー精製、共免疫沈降、SPR、質量分析プロテオミクス、タンパク質配列情報や構造情報に基づくIn silicoの相互作用予測など、様々なタンパク質間相互作用の検出・分析技術が発展してきた。 これらの分析技術は安定したタンパク質複合体を検出または予測できる一方で、近年明らかになってきた「一時的な」膜タンパク質の共局在や相互作用を含む膜タンパク質間相互作用の全体像(membrane interactome)を捉えるには不十分であり、また不溶性の膜タンパク質の場合、In vitroのアッセイ系は不溶性タンパク質の取り扱いの難しさから研究が進みづらい課題があった。 そこで、近年新たなタンパク質間相互作用の検出技術として、近接標識法(Proximity Labelling)が注目されている[1]。膜タンパク質だけでなく細胞内のタンパク質の相互作用検出にも広く活用されている技術で、分析対象のタンパク質(Protein of Interest : POI)と標識酵素ドメインとの融合タンパク質や、POIに対するバインダー分子と標識酵素との融合分子などが使用される。 標識酵素はペルオキシダーゼの改変酵素(APEXなど)や、ビオチンリガーゼの改変酵素(TurboIDなど)が主に使用される。 APEXの場合、APEX-POI融合タンパク質を発現させた細胞にビオチンフェノール(BP)を添加し、その後H2O2を添加することでAPEXがBPをBPラジカルに酸化。APEX-POIに近接するタンパク質にBPラジカルが作用し、主にチロシン残基をビオチン化することで標識が行われる。 TurboIDの場合、TurboID分子がATPの存在化でビオチンを反応性AMP-ビオチンに変換することで、近接するタンパク質のリジン残基をビオチン化することで標識が行われる。 TurboIDは2つのタンパク質断片に分割することもできるため、相互作用を検出したいタンパク質A, Bにそれぞれ分割ドメインを融合し、A-Bが相互作用するときにのみ近接タンパク質を標識するアッセイを行うことができる[2]。 近接標識酵素を改善する研究が進んでおり、愛媛大学などの国内研究グループが開発した新規酵素のAirID[3]、TurboIDと光応答性ドメインを融合し光刺激処理の間だけ近接標識を行うLOV-Turbo[4]、BioID(LAB)[5]など、標識効率の改善や標識時間分解能を改善する取り組みが報告されている。 AirID技術を報告した論文[3]では、EGFRに対するFab分子にAirIDを融合し、がん細胞株に作用させることで、EGFRと相互作用する未知の因子を複数特定しており、新規の膜タンパク質相互作用を特定することで疾患メカニズムの理解や新規創薬標的の発見につながることが期待される。 また、約〜10nmの非常に近接する領域を光刺激処理の間だけ標識する空間的・時間的な分解能を改善した近接標識技術として、光触媒分子を使用した光触媒近接標識(Photocatalytic Proximity Labelling)に関する報告が相次いでいる[6]。 加えて、中国のグループはSplit GFPをミトコンドリア外膜タンパク質(TOMM7)と小胞体膜タンパク質(UBE2J2)にそれぞれ融合して発現させ、抗GFP nanobody-APEX2融合分子を投与することでミトコンドリア・小胞体の接地点に存在するタンパク質(オルガネラ間相互作用関連タンパク質)を標識する技術を報告し[7]、Broad InstituteとDana-Farberのグループは特定のE3リガーゼに近接するユビキチン化基質をビオチン化標識する技術E-STUBを報告しており[8]、近接標識技術を応用したアプリケーションも拡大している。 本ストックリストでは、近接する膜タンパク質の検出技術によって新たな創薬を行う企業を取り上げた。取り上げた企業数は3社のみと少ないが、様々なCROが近接標識のサービスの提供を始めているため、本技術を活用した研究事例を報告する企業は今後増えると思われる。 参考文献[1] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37777761/ 参考文献[2] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32424107/ 参考文献[3] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38097606/ 参考文献[4] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37188954/ 参考文献[5] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37756605/ 参考文献[6] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38663396/ 参考文献[7] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37485370/ 参考文献[8] : https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38514884/
特定の膜タンパク質が細胞膜上で近接する特性に着目した創薬を行う企業。がん細胞では特定の腫瘍抗原分子(TAA)に対して、膜上で近接する領域に存在する抗原(TAPA : Tumor Associated Proximity Antigen)を特定し、TAAとTAPAを認識するbi-specific抗体やbi-specific ADC、multi-specific T cell engagerを用いることで、腫瘍細胞のターゲティング性能を向上させている。また、bi-specific抗体などで人為的に免疫細胞の2種類の膜タンパク質を近接させることで、免疫シナプスの形成を強化させる、免疫細胞の受容体のシグナルを調節する、膜貫通型のPA-TM-RING-type E3ユビキチンリガーゼと標的膜タンパク質を近接させ標的タンパク質分解を行うなどの研究を行っている。膜タンパク質の近接性を評価するため、細胞膜の微小環境をマッピングする分析技術を保有している。
メモ
深赤色光(λ = 660 nm)に応答する光触媒分子を抗体にconjugateした分子を用いて、膜タンパク質の近接標識を行う。深赤色光を使用するためバックグラウンドノイズが少ない。 複数の近接する腫瘍抗原を特定し、腫瘍細胞へのターゲティング性能を高めたbi-specific ADCや、免疫シナプスの形成を強化するmulti-specific T cell engagerなどの研究を行っている。
がん細胞の表面抗原の測定を行う際に、細胞膜タンパク質の近接性を検出する技術を持ち(cell surfaceome discovery technology)、細胞膜上でのタンパク質コミュニティ・クラスタを特定する研究を行う。特定した異なる膜タンパク質の近接・相互作用は、複数の膜タンパク質を狙うことでより精密な腫瘍細胞のターゲティングを可能にし、bi-specific ADCやmulti-specific T cell engagerの開発につながるとのこと。先行してSCLC、マイクロサテライト安定性(MSS)の大腸がんの研究を行っている。共同創業者として参画しているETH ZürichのBernd Wollscheid氏の研究成果が活用されており、光感受性の一重項酸素発生分子をconjugateした抗体を使用し、抗体が結合した膜タンパク質周辺に一重項酸素を発生させ、近接する膜タンパク質をビオチン化し質量分析プロテオミクスで検出するLUX-MS技術を報告している。
メモ
光感受性の一重項酸素発生分子をconjugateした抗体もしくは膜タンパク質リガンドを用いて、膜タンパク質の近接標識を行う。血液腫瘍細胞のCD20に近接する膜タンパク質の探索や、インスリン受容体、トランスフェリン受容体と近接する膜タンパク質の探索、宿主-ファージ間のタンパク質相互作用のマッピングなどの研究事例を論文で報告している。
プロテオミクスデータやゲノミクスデータ、Cryo-EMやモデリングによるタンパク質間相互作用の構造生物学的データ、bi-functional moleculeやchemical probeなどを用いるケミカルバイオロジー、患者臨床データを統合的に分析する技術を持ち、疾患をシステムバイオロジーのアプローチで創薬を行う。UCSFのQuantitative Biosciences Institute (QBI)のNevan Krogan教授の研究成果に基づいている。Nevan Krogan教授のラボでは、相互作用を分析したい特定のタンパク質(POI)を、近接したタンパク質をビオチン化するAPEX2ドメインと融合させて発現させることで(POI-APEX2)、ビオチン化が起こったタンパク質を相互作用タンパク質候補として質量分析で検出する近接標識プロテオミクス手法を報告し、薬剤作用時の短時間の(シグナル伝達活性化に起因する)タンパク質相互作用を分析した例を示している。また、CRISPR screeningの研究に取り組んでおり、プロテオミクス・CRISPR screeningのデータ解析手法として、タンパク質相互作用/シグナル伝達ネットワークにおいて特定の因子がパスウェイ全体に対して与える影響(ネットワーク伝播)を計算する技術や、遺伝的-遺伝子間相互作用の統計スコアリングの技術を研究している。
メモ
共同創業者CEOのNevan Krogan教授の研究成果を活用していると思われる。分析対象タンパク質とAPEX2ドメインとの融合分子(POI-APEX2)を使用し、近接タンパク質をビオチン化して質量分析プロテオミクスで検出する。膜タンパク質と細胞質タンパク質両方の測定事例を紹介しており、膜タンパク質ではセロトニン受容体(5HT)がアゴニスト化合物の作用時において近接するタンパク質を特定している。
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